旧作ヤマト考察協会

第一作から完結編まで、旧作宇宙戦艦ヤマトを出来る範囲で現実的に考察するブログです。

ヤマトⅢ 作品の概要考察


 理念や道徳、矜持で戦うのがヤマトである

 その意味ではこのヤマトⅢというシリーズはそれが前面に出た作品である。一方で、どうにも製作陣の機微な部分でのつばぜり合い――これもまた新旧ヤマト作品にありがちな傾向。このヤマトⅢもまた、製作陣が取っ散らかったり内容が取っ散らかったたりと、悪い意味でヤマトらしさが出た作品ともいえた。

 

 

 ストーリーの展開
 デスラー総統率いるガルマン・ガミラス帝国とベムラーゼ首相率いるボラー連邦の銀河系大戦の最中。ダゴン艦隊が放った惑星破壊プロトンミサイルがたまたま観光船を巻き込み太陽に直撃、燃焼が異常促進されてしまう。

 結果、地球人類はおよそ1年で灼熱地獄に巻き込まれ、太陽系全体が2年ほどで爆発消滅してしまう事態となった。


 しかし、太陽についての見解で地球連邦大学内で黒田教授とサイモン教授の人類を巻き込んだ壮大な学閥闘争が発生。しかし、劣勢だったサイモン教授の熱意に直感を働かせた藤堂防衛司令部長官は、彼の危機感に賭けた。そこで、宇宙戦艦ヤマトは4度目の人類を救うための出撃――第二の地球を探す密命が下され改修を経て発進した。

 途中、ラム艦長率いるバース星守備艦隊旗艦〈ラジェンドラ〉に人道的支援を行い、これを不当に襲撃したダゴン率いる第18機甲師団艦隊とヤマトは交戦。第18機甲師団艦隊はアルファケンタウリおよびバーナード星、そして白鳥座域において最終決戦を行いこれを撃破した。

 

 バジウド星系に到達したヤマト。そこで、かつて〈ラジェンドラ〉が守ろうとした星、バースを発見。ここで歓待を受けたヤマトだが――バース星はボラー連邦という巨大国家の属国となっていたことが判明する。そこでたまたま遭遇したシャルバート教信者への仕打ちに、人道的な観点でボラー連邦首相:ベムラーゼへと抗議を行ったが、その際に話は悪い方へとどんどん転がっていってしまった。

 その結果、バース星はダゴン艦隊に対する敗北に重ねてヤマトを取り逃がした――この2点において首相から粛清されてしまう。

 

 物語中盤――ボラー連邦の卑劣さと、バース星の滅亡に衝撃を受けるヤマトクルー。しかし、そこへガルマン・ウルフが卑怯な攻撃を仕掛けて来た。徹底的に卑怯で反則的な彼らの戦い方に正攻法を取るヤマトは敵わず、第18機甲師団艦隊の上部組織である東部方面軍に捉えられてしまう。

 ところが、東部方面軍を指揮するガイデルが自信満々でガルマン帝国の国家元首たるデスラー総統へヤマトを――いつヤマトを襲えと言ったのか。そんなことを彼は命じていなかった。ガイデルは面目を失い、彼をガルマン・ガミラス本星へと護送する任務を命じられてしまったのである。

 

 偶然に窮地を脱したヤマトは、総統から謝罪の意味も込めてガルマン・ガミラス帝国の建国記念式典への招待を受ける。ここで自動惑星ゴルバとの戦闘以降、デスラー総統がどんな道を歩んだのか、そして天の川銀河で今何が起こっているのかの詳しい説明を受けた。

 さらに、デスラー総統は太陽制御を地球とガルマン・ガミラスの友好――それ以上に古代との友情を以て申し出た。

 ガルマン・ガミラスにおいても迫害されるシャルバート教信者に同調しがちなヤマトクルー。しかし背に腹は代えられず、太陽制御の申し出を受ける。要請受諾を以て、ガルマン・ガミラスは直ちに技術者を派遣、太陽制御を試みた。ところが、太陽制御は失敗に終わる。

 

 物語終盤――更に、第二の地球になる可能性のあった惑星ファンタムも、惑星ですらなかった。唯一得た者は、シャルバート教の最重要人物にして銀河一危険人物たるルダ王女。

 せっかくの第二の地球となるはずだった惑星ファンタムが、惑星でなかった。これに激怒したデスラー総統は北部方面艦隊のグスタフ中将に命じてこの惑星の粛清を命じる。この行動に激怒した古代はデスラー総統に対し啖呵を切り、すでにて期待していたボラー連邦に加えてガルマン・ガミラスとの関係までまずくなってしまう。挙句、ボラー連邦にヤマトがルダ王女を拾い上げた事を気づかれてしまう。

 

 ルダ王女の奪還を目指すボラー連邦は3個の巨大艦隊をヤマトへ差し向けた。このピンチ――しかし、デスラー総統との友情は壊れたわけでは無かった。ヤマトと対立していた北部方面艦隊をヤマトの護衛に回すことで、これを退け、ヤマトは窮地を脱する。そして、ルダ王女を懐柔したヤマトクルーは幻の惑星・シャルバートへの道を知ることとなる。


 異次元空間へと到達したヤマトは、美しい星シャルバートへと降下。しかしここは、全宇宙で恐れられかつ迫害されるシャルバート教の総本山にしてはあまりに無防備だった。ここは、かつてのシャルバート帝国ではなく、武器を捨てた平和の星――そこへヤマトを追って到達したデスラー総統の親衛艦隊が現れた。

 この星の真相を知ったデスラー総統は、その騎士道精神によりこの星の征服を断念する。だが、後方から――この無防備であることに付け込んで征服を試みるボラー艦隊が現れデスラー親衛艦隊およびシャルバート星表面への奇襲攻撃を敢行してきた。

 

 しかしながら、ボラー艦隊といえどハイパーデスラー砲の火力に及ぶべくもなく。更に、ヤマトはこのシャルバート帝国時代の遺物であるハイドロコスモジェン砲を受領、太陽制御への希望を見出した。

 

 物語ラスト――ヤマトは太陽系へ帰還、直ちに太陽前面へ向かってこれを制御しようと試みた。その瞬間、ベムラーゼ首相率いるボラー連邦艦隊が突入しこれを妨害。絶体絶命、そこへ何とデスラー総統が親衛艦隊を率いてこれを追撃しに太陽系に突入、ヤマトをかばう形で戦闘を開始した。

 ヤマト航空隊との合同作戦でベムラーゼ首相旗艦機動要塞へ攻撃、一瞬の隙をついてハイパーデスラー砲を発射。他方で太陽制御にも成功。

 すべては丸く収まった。

 

 

 

 全般的なストーリーの非合理性
 困ったことにこの作品は無駄が多い。

 

 新人を多数受け入れたために艦内に騒動が起きたり、古代が正式に艦長になった為に生じた同期の島とのいざこざなど――わからないでもないが、だからといってそれに一話丸ごと割くのはどうかと思う。また、一応軍艦であるヤマトが……軍艦であるならあり得ないような規律の乱れを連発するのはまずいだろう。

 しかも新キャラクターは雷電などそれなりに活躍した者もいたが、結局2話程度のボリュームで成長物語にならず。挙句、主要新キャラクターの揚羽と土門は二人ともこの大戦中に戦闘中の偶発的負傷により死亡する


 また、自分たちが科学の粋を集めた宇宙戦艦に乗っているのに自然の力はどうだこうだといっても説得力は皆無

 確かに宗教弾圧はまずいが、テロリズムを平気でやって圧倒的多数の人間を現実に徹底的に危険にさらす行為を容認する――しかも総統による弾圧は非難するというダブルスタンダードは問題アリメッセージ性を高めたのは分かるが、その内容が木っ端みじんに矛盾していて、場面場面ではそれなりに妥当性があっても、通してみると全く同意できない低レベルなものになっている

 

 無意味にいろんな人が戦死するのも理解に苦しむ。先に述べた新人の土門も揚羽も、新人ではないが平田もなぜか戦死。平田に至っては何で死んだか、説明が全くつかない――ギリギリ失血死と言えるかもしれないが……ご都合主義も甚だしい、演出マター

 ハイドロコスモジェン砲の獲得に関してのヌルゲーっぷりは、ルダ・シャルバートが揚羽君に恋しちゃったから、という合理的な理由があるからあげつらうのは勘弁してやる

 


 全般的な描写の非合理性
 グスタフ司令が必死こいて一命にかえて撃滅したボラー連邦前衛より強力なバルコムの本隊をヤマトが割合簡単に撃破したのはこれどうなんだよと。まあ、これはまだ説明可能な部類だからギリギリ納得のしようもあるが……ガイデルの要塞に捕まった時だって脇にそれればいいだけなのに、それをしないでわざわざつかまって一体何がしたかったのかわからない

 フラウスキー少佐が太陽制御に失敗した理由も特に語られず、自然の脅威というのもまた意味が分からない。ご都合主義と言わざるを得ない。

 

 


 ストーリーのベースライン
 銀河大戦と宗教戦争と地球人類の未来獲得の3本建て。困ったことに、正直突っ込み過ぎて話が取っ散らかっている

 

 戦争はその性質上、どちらが悪かなど軽々しく言えるものではないが、どちらが不法行為或いは不当な要求をしているか、である程度は白眼視すべき相手が設定できる

 要は――どちらがより無法をしているか、自身の定めるところの法律にどこまで逸脱しているかで、ある程度悪い方が決定できる。つまり、被支配民族を不当に扱っていボラー連邦の方が道義的に悪解放を目指したガルマン・ガミラスの方が道徳的に善と言えるだろう

 他方で、ガンガン攻撃を続け、交渉をする気もない猛烈な進軍を続けるガルマン・ガミラスも、元来の理念から外れた行動であり、東部方面軍の行為に関しては正当化はできない。また長期的に考えればガルマン・ガミラス帝国がボラー連邦と同等の非情な国家にならないとも限らないため、どちらが滅ぶべきかは必ずしも確定的ではない。

 

 

 宗教の部分は完全にどちらも正義。シャルバート教も幸せと平和を願って教義に従っているだけだし、敵対する側も事情があるから弾圧している。だからタチが悪い問題

 シャルバート本星は非暴力従死な姿勢で本気だし、一方で本星以外の信者に関しては破滅思想というか非シャルバート教徒に対しての姿勢があまりに敵対過ぎる。彼らにとっては正義なのだろうが、不法だし不当な行為。

 あの雰囲気では、ガルマン・ガミラスやボラー国家内に存在している主流な宗教と齟齬をきたすだろう、あまりにマイノリティすぎてマジョリティと合致する部分がない以上どちらかを切り捨てる必要が有る。そうすると途端にテロリスト化するため、弾圧・排除は当然の行為だろう。実は地球にとってもキリスト教などが唯一神教に近い性質を持った拝一神教であるため――正直シャルバート教は邪魔

 

 シャルバート教で我々日本人が想起してしまうのは憲法9条だが――真面目な話、日本国憲法9条は日本人を他国が勝手にやらかした戦争に送らずに済む口実になる。

 実際吉田茂辺りは思いっきり利用したし、「too little too late」とアメリカ議会がブチ切れた際も少なくとも日本国内では「うるせぇ! てめえケツは自分で拭け」という論も少なくなかった。ひとえに日本は外に打って出ないというのがある意味当たり前だし、わざわざ引っ張り出そうとしてくる奴に追随する必要はない、戦争狂いには金でも出してやればいい。という方向が割と大きかった時代。

 はっきり言って9条は使いようによってはアメリカとの同盟に置いてイニシアチブを握ることのできる非常に強力なカードとなり得るのだ。本当に大国が起こす戦争に大義があると思いますか? 義理や大義なんかで戦争に突っ込んだって大した利益は得られない事は確実。しかもツケは小国に回ってくるのだから厄介至極。だから、実際の振る舞いとは別に戦争放棄の原則論というのは維持していて何ら支障はない。

 支障のあるような使い方をするのが悪いのであって、誰かさんたちはそれに気が付かず、放棄しようとしているが……。忘れてはならないのは、日本も自衛のための戦闘について全く放棄はしていない。条文の解釈次第でいくらでもできる。


 しかしてシャルバート教の場合は死んでもいいから戦争はしない――これはちょっと頭がおかしいというか、もはや人間じゃない。逃げ込んできた仲間もかばわなかったしね、彼ら。

 (人間も所詮は動物であり、生存本能や種:正確には自らの血統の保存が優先する。その意味で確実に人間としての行動原理を逸脱)。この行動は非シャルバート教徒にとっては本当に、邪魔な姿勢。傍に居たら巻き込まれて不利益をこうむりかねないからだ。

 しかもルダ王女の口ぶりからすれば他者にもそれを望むという……本気なのか彼らは……。このストーリー展開で最も問題なのは……ルダ王女がラストに結論めいたセリフを吐いた事だ

 自分たちの宗教、思想以外は不完全と断言したような内容。これはまずいだろう。これをアニメのストーリーに載せてしまうのはあまりに恣意的

 


 平和の希求、人類の未来、という観点だが――ガミラス戦役では敵も味方も必死だった、分かり合う勇気が必要だったと話を結ぶのも順当といえば順当。 

 ガトランティス戦役の時は地球滅亡まで、しかも敵による征服であるから自省をするという話へ持っていくのもありといえばあり。攻撃する側ではなくされる側の恐怖を味わった、だから専守防衛に努める。あり得る考え方だし、下手に勢力を伸ばさなければ余計な敵対国家を生まずに済む可能性もあるだろう。きれいな言葉で言えば愛と平和、汚い言葉で言えば知らぬが仏、藪は突くな
 ウラリア戦役では何が教訓かといえば、敵も味方も必死になって正義に基づいて戦っても結局人を殺すんだから、反省は必要。あと機械文明偏重はダメという話だった。
 ディンギル戦役はガミラス戦役の教訓プラス、それまでの無類の愛であるとか人間力とかは大事という話。


 翻ってヤマトⅢは明確に非暴力、死んでもいいから非暴力。徹底しすぎて自己や周囲に害が及んでも非暴力。

 これを古代君に同意させ、地球にシャルバートの思想が広まることがゴールみたいな演出は……ちょっとまずいだろう。それが人類の生存の道というのは……ねぇ? 

 この話の一番情けないところは、お説教じみた話な上に、自分達で気づいた事ですらない、という事だろう。百歩譲って非暴力を正しいと思ったとして、そこに自発的にたどり着かなければ何の意味もない。しかもこんなに大事な話を他人の話を丸のみにするという――他に合理性のある話や怒りを感じる話を聞いたとき、果たしてどんな反応を示すだろうか。一応、シャルバート首脳陣はそこはちゃんと堅持できていた。だが、古代君たちにその姿勢が見せられるだろうか……?

 この情けなさというか自発性の欠如は、平和への道のりとしては致命的で簡単に反動を呼ぶ。

 

 身近な例を出せば、ただひたすらに帝国時代を懐かしむネトウヨやあるいはより厄介なネオナチ。これは残念ながら内容が極端かつ自分の頭で平和への道のりや戦争とは何ぞやを考えさせない、ただ教え込むだけの教育のたまものと言える。平和教育も内容が理路整然としていればまだいいが、質の低いものだと事象より善悪の観点から教え込もうとして矛盾が生じ、結果として反発心を産んでしまう。

 この矛盾を直感的に見つけ、教える側の欺瞞なんかも見破ってしまうから嫌悪感を抱き、空虚な平和に対し距離を置くのではなく直感的にまず反対側に走ってしまう。特に、直感を言葉として表現してくれる存在が現れれば、その人の話を自分の言葉と勘違いする形で丸呑みし――そこでいったん立ち止まってくれればいいものを、そのまま突っ走るから現状と全くすり合わせの出来ていない解決策を提案し希求してしまう。自分でいったん考えるという事もしないで……。

 本来は何がどうして、そうなったのかを道筋立てて解釈し、現実とすり合わせて悩んで悩んで論を構築し、現実的な行動へと出力していく。そこに至って初めて実のある言葉が生まれるもので、ここをすっ飛ばしたら何にもならないのだ。この大事な自分で見つけるという工程を辿らなければ自分の身につかないのである。誰かの話を丸呑みにするのは本来してはならないし、危険な行為なのだ。

 だのに古代君は人の話を聞いて丸のみ。

 主人公がこの体たらくじゃマズイって……。

 

 


 残念ながらヤマトⅢは隠れた名作ではなく隠したい作品に近い立ち位置だろう。描写はテキトーで話のつながりも取っ散らかり、演出にのみ気を配っているのが丸見え。挙句演出としても、雑の割に機微を抑えた完結編には遠く及ばないのではないだろうか。

 面白くないというほどひどいエピソードばかりではないが、しかしあまり期待しすぎると不満ばかり残る。戦闘に関しても、気の抜けた感がありヤマト2レベルを期待すると確実に肩透かしを食らう。楽しいと思えるような気分の上がるシーンは片手も要らないか……ラム艦長とデスラー総統でほぼ埋まってしまう。

 それぐらい、ストーリーその物に厚みがない。

 

 山本イズムなのか、松本イズムなのか、何だかわからないが――この作品はこの作品にSF設定として参加した2199の総監督さんに確実に影響を与えただろう。与えなくていい影響、与えちゃったんじゃないのかな……。